辺境と呼ばれる地で宙を注視した人たち 北涼

中華においては、伝統的に太陰太陽暦が用いられてきた。月の満ち欠けを基準にしながら、季節の廻りにも配慮しつつ暦を設定するものである。
そして、戦国秦の顓頊暦から魏晋の景初暦に至るまで、章法(メトン周期)という19年で閏月を7回挿入する暦法で統一されていた。

公転周期は時代と共に変わるが、国立天文台の暦Wiki・太陰太陽暦の数字は下のようになっている。
1太陽年=365.2422日
1朔望月=29.530589日

章法の計算値は次のようになる。
19太陽年=6939.6018日
235朔望月=6939.688415日
このように、季節の廻りと月の満ち欠けの間で比較的正確な近似を得ることが出来る。
ただし、この19年7閏月を12サイクル続けると誤差が1日を超えるため、適宜ズレを修正する必要があった。

ちなみに、三国時代までは四分暦といって1太陽年=365+1/4日と近似する暦法が主流であった。

そんな中、412年(北涼の玄始元年)、沮渠蒙遜の治世において、初めて章法に拠らない暦法(破章法)が行われた。この玄始暦(甲寅元暦ともいう、選者は趙匪攵)では、600太陽年=7421朔望日とした。

600太陽年=219,145.32日
7421朔望月=219,146.500969日
依然として誤差はあるが、章法より少なくなっている

439年に北涼を滅ぼした北魏だが、北涼の玄始暦が従来の景初暦より正確ということで、452年に玄始暦を採用した。
一方南朝では、510年の南朝梁は簫衍(武帝)の頃、初めて破章法に基づく大明暦(391太陽年=4836朔望月、選者は南朝宋の祖沖之)が用いられた。

391太陽年=142,809.7002日
4836朔望月=142,809.928404日
大明暦は玄始暦より精度が高く、中華で初めて歳差(自転軸の変動:地軸は、公転面に垂直な方向に対して半径約23.4度の円を描くように移動し、約26000年の周期で一回りしている;コマの首振り運動に例えられる)を考慮した暦だったこともあり、12世紀の遼・金の頃まで用いられた。

暦に関しては、破章法・歳差以外にも魏晋南北朝における重要なマイルストーンがある。
何承天(南朝宋):月行遅疾(実際の月の満ち欠けは約29.5日で一定しておらず、29.3~29.8日の間で複雑に変化している、西漢=前漢の頃には観測されていたようだ)を理由に、29日(小の月)と30日(大の月)を交互に設ける(平朔)のではなく、実際の新月を1日にする(定朔)よう提唱
張子信(北魏末から北斉):日行盈縮(太陽の動きが変動していること、後に地球の公転が楕円軌道を描いていることによると判明した)の発見

隋の頃、破章法・歳差・月行遅疾・日行盈縮の全てを盛り込んだ皇極暦が考案されたものの、重臣の反対で実施されなかった。これら魏晋南北朝の全成果が実際の暦に反映されたのは、唐時代であった。これにより、中華の暦法は概ねの完成に至った。

正確な暦の制定は、農業の成否、ひいては政権の持続性や国力の安定に繋がる。洋の東西を問わず、暦の精度・その礎となる天文に注意を払わない支配階級は存在しなかった。
遊牧・非定住民にとっても天体の観測は重要である。特に砂漠や雪原を移動する民の場合、天体が方位の基準となるからである。ただし、その興味は主に空間定位に向かい、正確な暦への関心は農耕・定住民に比べ少ない傾向がある。また、観測地点が頻繁に変わるため、厳密な運動規則の評価は難しい。

これを踏まえると、章法から脱した時系列として、北涼→北魏→南朝梁の順であることは重要である。
華北=革新、華南=守旧という両者の傾向を象徴する出来事だが、皮肉にも先行したのは、遊牧を生業とする者が多く、正確な暦への切望が少ないはずの胡人(北涼沮渠氏=匈奴・月氏・月氏匈奴混血など諸説あり、北魏拓跋氏=鮮卑)だったのである。
そして、最先端となったのは辺境と目されがちな北涼だった。正確な天体の運行状況・科学的な妥当性を追求した北涼・沮渠蒙遜の気風には特筆すべきものがある。
また、北魏は自らの手で滅ぼした北涼の暦法を採用している。ここで北魏が示した実利重視の姿勢には注目しておくべきだろう。

北涼が中華における暦のトップランナーとなった理由として、西域からの文物が最初に経由する地域であるというのはやはり大きいように思う。ただし、紀元前2世紀を生きたギリシャの天文学者、ヒッパルコスが提唱した暦法(304太陽年=3760朔望月)をそのまま採用したわけではなかった。

304太陽年=111,033.6288日
3760朔望月=111,035.01464日
このように、ヒッパルコスの暦は玄始暦より精度が低かったのである。
なお、ヒッパルコスは世界で初めて歳差・日行盈縮の存在に気付いた人物と記されている。

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